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    カテゴリ: 訃報



    (出典 www.kuroutoukekantokuyakyu.net)



    1 1号 ★ :2020/02/11(火) 13:28:52.07

     元プロ野球選手の野村克也さんが亡くなりました。84歳でした。

     警視庁によりますと、元プロ野球選手で監督や解説者としても活躍した野村克也さんが11日未明、東京・世田谷区の自宅から病院に運ばれ、亡くなったということです。84歳でした。

     野村さんは1954年に当時の南海ホークスに入団、戦後初の三冠王に輝くなど活躍しますが、人気だった巨人の長嶋茂雄さんらと比べて注目を浴びることが少なかったことから、自らを「月見草」に例えたことで知られます。

     その後、ヤクルトや阪神、楽天などの監督を務め、捕手出身としてデータを重視するID野球で手腕を発揮。監督退任後は、解説者としても活躍しました。私生活では沙知代さんと結婚、テレビ番組にも数多く出演し、親しまれました。

    http://news.tbs.co.jp/sp/newseye/tbs_newseye3902168.htm


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    野村克也さん(84)死去 家政婦が自宅の浴槽で発見
    https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000175933.html


    ★1が立った時間 2020/02/11(火) 09:20:55.09
    ※前スレ
    【速報】元プロ野球選手の野村克也さん(84)が死去 警視庁【ノムさん】★5
    https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1581387715/


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    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/01/18(土) 14:45:33 ID:wrn/vxRh9.net

    ◇高木守道氏死去

    まさに「瞬間湯沸かし器」だった。一度スイッチが入ると誰にも止められない。
    3歳上の権藤投手コーチとの「70歳代バトル」はスポーツ紙の格好の話題。
    12年から2年間の監督時代を担当し、前任の落合監督とまるで違う人柄が新鮮だった。

    せっかちで他人の世話になるのが嫌いで、何でも自分でしようとする。
    沖縄の秋季キャンプでは自らグラウンド整備し、白線まで引いた。チームバスにはいつも一番乗り。
    「監督を待たせるわけにはいかない」とコーチや選手が早く来始めると、さらに早く乗ってしまう。奇妙な“いたちごっこ”が守道さんの性格を表していた。

    「暴走老人」という呼び名も付けた。怒られても仕方ないはずが、新入団発表で「新人は私のような暴走老人のようにはいきませんのでお手柔らかに」と乗っかってくれた。
    質問に答えてくれた後、「もっと暴走した方が良かったか?」とニヤリ。“沸点”は低くても器は大きかった。

    現役時代は知らない。ただ、代名詞のバックトスのようなプロフェッショナルで魅せるプレーを心掛けていたと話していた。
    監督時代もふとした身のこなしが格好良く、弱さとは無縁の人。突然の訃報は信じられない。ご冥福をお祈りします。(12、13年中日担当・山添 晴治)

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200118-00000118-spnannex-base
    1/18(土) 9:15配信

    20200118s00001173023000p_view


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    (出典 www.chunichi.co.jp)



    1 1号 ★ :2020/01/17(金) 21:44:22.61

     現役時代は中日の名二塁手として活躍し「ミスタードラゴンズ」と称された中日元監督の高木守道さんが17日、急性心不全のため名古屋市内で死去した。78歳だった。葬儀は家族葬で営まれる。

     2013年限りで中日の監督を退任していた高木さんは、ここまで大きな持病もなく元気に過ごしていた。今月12日には名古屋市のCBCラジオ「坂東サンデー」に出演。パーソナリィーで親友の板東英二さんとともに現役時代の思い出話を披露。同番組では来月15日に名古屋市内でイベントすることも告知されていた。

    ▼高木守道(たかぎ・もりみち) 1941(昭和16)年7月17日生まれ。岐阜市出身。県岐阜商から1960年に中日入団。同年5月7日の大洋戦で初打席初本塁打デビュー。63年に50盗塁をマークして盗塁王となり、以降65年、73年と計3度の盗塁王に輝いた。77年の4打数連続本塁打はプロ野球タイ記録。二塁手としてベストナイン7度、ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)3度。球宴出場4度。80年に現役引退。81年から中日コーチ、84、85年2軍監督。86年はコーチを務め、同年7月5日からシーズン終了まで代理監督を務めた。92年に中日監督に就任し、95年まで指揮を執るがシーズン途中で辞任。12、13年と再び中日監督を務めた。06年野球殿堂入り。現役時代は174センチ、72キロ、右投げ右打ち。

    2020年1月17日 21時37分
    https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/202001/CK2020011702100078.html


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    1 孤高の旅人 ★ :2019/12/06(金) 08:26:45.42

    女優・松本ちえこさんが逝去、60歳『バスボン』のCMで大ブレイク
    12/6(金) 4:00配信
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191206-00016710-jprime-ent
    20191206-00016710-jprime-000-1-view


     資生堂『バスボン』石鹸のCMで一躍人気を得た女優・松本ちえこさんが11月17日に亡くなっていたことがわかった。享年60。

     関係者によると、死因は大動脈瘤破裂。前日までは普段と変わらない生活を送っており、同居していた娘・高澤桃子さんが、17日の朝に亡くなった状態の松本さんを発見したという。
    女性に大ウケだった
     松本さんは、バラエティー番組『前武のヤングアップ』(テレビ朝日系)をきっかけに、'74年『ボーイフレンド』で歌手デビュー。'76年に出演した資生堂『バスボン』石けんのCMで大ブレイクした。

     当時を知る芸能ジャーナリスト・佐々木博之氏は、

    「松本さんは当時、求められていたアイドル像とはかけ離れていたため、デビューしてもすぐに人気が出ることはありませんでした。

     ところが『バスボン』のCMに出演すると大ブレイクしたんです。彼女の個性を逆手に取ったようなCMソングは頭に残りやすく、口ずさむ人が多かったんです。特に女性に大ウケでしたね」

     アイドルから女優に転身し、'84年には『日活ロマンポルノ』に出演、'95年にはヘアヌード写真集も出版した。

     '14年まで所属していた芸能事務所『アイティ企画』に問い合わせると、

    「現在の連絡先を知らないので、事実確認ができず何もお答えができません。事務所を辞めてからは東京にいないと聞いていたため、スタッフは亡くなっていたことも知りませんでした」

     とのこと。

     昨今は、親族が経営している会社に籍を置き、芸能関係の仕事は過去を懐かしむ番組の出演依頼があったら受ける程度だったという。突然この世を去り、残された家族の悲しみは計り知れない。

     なお、都内の斎場にてお通夜と告別式は済んでいる。


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